阿賀野川 深沢

以前から長島代表が気に留めていた飯豊山隣接部の「深沢」へ入渓した。阿賀野川右岸の短い沢で、検索しても「記録」は全くヒットしない。混み入った等高線・岩印から推すと、一癖も二癖も有りそな臭がする。

前夜、高森さんは長島代表の車で東神奈川駅を発ち、首都高浦和ICで122号線へ出てコンビニで山崎を拾い、21:30東北道浦和ICから磐越道「津川IC」へ向かう。磐越西線「鹿瀬駅」の待合室を借りて1:00 就寝。5:00 起床。阿賀町のコンビニで朝食を済ませ、459号を喜多方へ向ける。下山で使う林道が沿う荒砥沢出合から同林道へ入り車をデポ。足を作って459号へ戻り、トンネルを幾つも抜け深沢に架かる長月橋へ急ぐ。途中、明日入る不動沢が伏流していた。
長月橋東詰から深沢へ降り立つ。壊れた橋脚を左に見て、少水量の平凡な風景が先へと伸びている。

やがて淵付ゴルジュが現れ、奥壁の右から5m滝がひょんぐっている。登れないので少し戻り右岸を捲く(豊富な灌木壁で40m高度上げ・灌木内を暫くトラバース・懸垂はせず高度20mをロープを持ったまま斜めに下げ、ゴルジュ出口に復帰)。

ひょんくり滝を偵察しに下降してみると、釜付直滝7mが落ちている。共に井戸状の二段滝だった。その後、Co150mまでは勾配を感じず平平凡凡。

突然!行く手を塞がれた。深沢一番の大滝。左岸を小さく捲く(釜に入る右ルンゼで高度を35m上げ・小さなバンドに乗り高度20m下げ復帰)。

今回も捲き上がると不思議に勾配が無い河原状の流れだ。すぐに細長淵に4×8mトイを掛けるゴルジュが口を開けている。長島Lがロープを引いて突っ張りで突破する。(・全般に磨かれて手掛かりなし・小さなリスでも有り難し・落ち口が広がって最後までは突っ張り切れず・ラストで右へ移るも体重移動が難・トイ巾広し/ 私は足開かず全身突っ張り・ロープを付けているので後続の恐怖感は激減)。

このトイ滝上では左から3段7m斜滝が流れを落とす。この斜滝は左をフリーで上がったが、落ち口から振り返ると意外に立っていて、上からの方が見栄えが良かった。ゴルジュはこの滝場だけ。

滝場を抜けると又もや緩い勾配の平凡な渓相が続く。Co210mで右岸の壁から細い流れを入れると、均整の取れた4mトイ滝が深い釜に流れを落としている。取り付けないので左を小さく捲く(落ち口への水平なバンド有り)。これを越えると枝や土を“ゴミの様に被った”ゴーロが出始め、歩きずらくなる。

雪渓が解けた跡のゴーロが高度を上げ始めると、Co240mの右岸ルンゼから崩落したブロック雪渓と直ぐ奥に4m+4mの2連滝を見る。右端から容易に直登すると、以遠はゴーロで高度が上がる。Co257m右岸から15mの細い流れが滝を掛け、低いゴーロ滝を上がったCo288m左岸からも滝の枝沢を合わすと2段(2m・3m)滝が有り、これを上がると明るく開けたゴーロが暫く続く。

Co350mで両岸が狭まると直ぐにブロック雪渓が幾つも現われ、大岩が高度を上げだす先が顕著な7m石滝に成る。ここは右側から容易に越せた。

Co430mのくびれに掛かるCs3mを左から捲き上がると、益々荒れた渓相となり、Co480mで左からルンゼを入れた所に8m滝を見る。長島Lが登攀ルートを探していたが、無理をせずルンゼから捲き上がりCo495mに復帰する。
階段状のナメが出始め、Co510m左岸枝沢を入れると小滝やナメを繰り返すようになり、勾配も増してきた。Co550mで左へ曲がり、Co580m右岸枝沢を送った先で水を取る。Co600m手前から右岸の灌木帯へ入り、薄い藪を右寄りに斜上して尾根状らしきに乗る。高みを拾って高度を上げ、小峰759m南西直下Co715m付近の尾根へ出た。
そのまま尾根を乗越し、高度を落とさず小峰の北西側へ回り込み、地形を確認。引き返してCo715mのコルに乗ったことを確信して、昼食をとる。
稜線上は藪が煩いので、西面をトラバースしながら2か所の小峰を越え、Co650mまで高度を下げる。

緩みだした傾斜でフートファィンディングが難しい。うっすら程度の沢型や平坦地に居場所を疑うこと暫し。折角出た沢型も時に池塘跡に消え、こまめに地形図を見ては頻繁に方向修正してゆく長島L。それでも不動沢右俣の水線を外さず下降していた。

やがて水が出て現在位置も特定できるようになり、Co390m付近まで降りたとき、地形図には無い道に出た。歩き出すと一対の献花と洞穴を見る。その先で下山路の荒砥沢林道(舗装路)Co370mヘアピン部へ出た。傍らに『草倉銅山(本山)跡』の案内板が立てられて有った。立派な林道は緩い下り坂で、車まで50分で戻る。
『かのせ温泉赤湯』へ立ち寄り、阿賀町で買い出しや夕食を済ませる。今宵の宿は、同湯から坂を少し下った左側にある広い敷地のレストラン(休業中)。広い玄関の軒下を借りた。程良い気温でまだ虫も少なく快適だった。

 

*この地域は古くから鉱業で栄え、「鹿瀬」付近だけでも相当数の坑口が現存している。

*新潟水俣病:昭和電工鹿瀬工場がメチル水銀を阿賀野川へ排出させたのもこの地である。入渓点へは同工場横を通る。


山行最終日:2016年6月11日
メンバー:長島(L) 山崎 高森
山域: 同行者の記録
山行形態: 一般登山
コースタイム:
地形図:津川
報告者:山崎

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください