前川 ビンカガグチ沢

飯豊連峰での最初の本流遡行は実川(前川)にしたいと以前から考えていた。前川という名称と、飯豊山に突き上げる流程とから、勝手ながら表玄関のような印象を抱いていた。その表玄関から飯豊の沢に踏み込んでみたかったのだ。

17日:
私は東京駅から夜行バスで、井谷さんは前夜新幹線と在来線を乗り継いで、それぞれ会津若松駅に向かい、翌朝の津川行きの列車で合流した。磐越西線は夏の豪雨の被害により津川-馬下間が不通になっており、会津若松駅発の下り列車は津川止まりである。津川の一駅手前の鹿瀬駅で下車して、予約しておいた津川タクシーに乗り込んで実川へやってもらう。しかしゲートのはるか手前、しかも裏川出合よりも下流で林道は通行止めとなっており、ゲートから登山道入口まで二時間歩く前にたっぷり一時間余計に歩かされた。その間至って綺麗な道が続いていて、通行止めにする必要もなさそうだったのだが・・・。

入渓点に向かって踏跡を辿る

登山道に入ると間もなくアシ沢が見えてくるが、ここでキノコ採りの二人組と出くわして、彼らから実川へ降りる道の分岐の様子を聞くことができた。アシ沢を渡って少し登ると、斜度が緩くなって、右手に「登山道」の道標、左手にちぎれた赤テープがある。キノコ採りに聞いた通り、ちょうどここに右手に分かれる明瞭な踏跡があり、新しい鉈目もついていた。ここで沢支度を整えていると、湯の島小屋で宴会をするという二人組が先に実川への道へ入っていった。この二人組はかつて実川を遡行したことがあるらしく、幕場を得られる場所のことなどを教えてくれた。道はよく踏まれており、ところどころフィックスロープがある。オンベ沢手前の河原にロープ伝いに降りてようやく入渓、すでに11時半だった。

下流部の遡行~松ノ木穴沢出合へ向かう

河原を行くと、踏跡の分岐で先へ行っていた二人組が釣をしていた。気にしないで先へ行っていいとのことなので、釣をしている淵の対岸を通過させてもらった。水量は三面川くらいに思えたが、流れが早い場所が多く感じられる。台地状の岩盤から見下ろす流れは渓流釣り場のように瀬と淵を連ねている。やや両岸が立ってくるあたりで、ルアー釣の二人組とすれ違う。バーベキュー用の獲物を獲りにきたとのことだが、大物ばかりずいぶんお持ち帰りのようだ。その後、特に悪場もなく松ノ木穴沢出合に着いて、昼食を摂った。

大淵は泳いで左壁に取付いた

しばらく河原が続いて、右岸から入り鳥ノ子沢が入ると、壁に囲まれた大淵が行く手を遮る。奥の左壁に残置ロープが垂れているので、泳いで取り付こうとしたが、新しいザックのバランスが悪く全く泳ぎにならない。何度か壁に張り付いて休んだりしてみたが、力尽きて敗退。井谷さんに行ってもらうとあっさりと壁に取り付き、残置利用のA0で壁上に立った。ザックピストンで自分も壁に取り付くが、両脚が攣ってしまい、休みながら何とか壁を這いあがった。こんなことで大丈夫なのか? 今までこんなことなかったのだが、やっぱり歳なのかなどと弱気になる。このまま小滝の上まで巻いて、さらに3箇所で淵を巻きつつしばらく行くと、下追流沢出合に着いた。あまり良い幕場はなく、少し下追流沢に入った河原を整地してタープを張った。天気が気になっていたが、月が出て明るい晩になる。翌日は何とか遡行できそうだ、翌々日に天気が崩れても何とかなる所まで足を伸ばそうと考えながらシュラフに潜り込んだ。

 

18日:

最初の大淵~朝一番に泳ぐ

何とか天気は持ちこたえているようだが、出発前に得た天気予報では本日は曇りのち時々雨である。降り始める前に増水しても耐えられそうなところまで行ってしまおうと思い、早めに出発する。出合に戻るといきなり大淵となっており、朝一番で泳ぎとなる。さらに大きく深い淵が続くが、ここは左岸の斜上バンドをへつって越える。右岸枝沢を過ぎて4m滝を右岸から巻くと、4m-8m2段-8mの見事な連瀑が視界に広がる。

ドーム状の滝を越えると大滝が現れる

4mの左岸を巻くと、8m2段は釜を有して左岸には上部の滝の落ち口まで続く明るいスラブとなっている。スラブを登っていくと、次の8mは抉れたドーム状の滝壺へと落ち込んでいるのが見て取れる。連瀑を越えると広々と開けた広場に釜を作っている15m滝がすさまじい飛沫をあげている。ここは左壁を空身で登って荷揚げする。どうやらここまでの一連の滝が魚止ノ滝らしい。開放的なナメを行き、つるつるの2m滝の右岸を巻いて越えると795mで右岸から枝沢が入っている。そこから特に問題なく沢通しに遡行し、広い河原状になると御西沢出合に着く。

 

虹吹ノ滝~右から悪い巻きで越えた

御西沢を過ぎるとすぐに虹吹ノ滝(20m直瀑)で、左岸のルンゼから小さく巻くが、取り付きもトラバースも、ともに悪い。滝上はゴルジュとなっており、次の5mは滝上に続く瀞とまとめて右岸を巻く。この辺りは右壁がハングしているので必然的に左寄りを遡行することになる。ゴルジュが左へ曲がると4m滝が懸かり、ここも右岸を巻くと、次は10m2段だが問題なく越える。開けて河原状になって10m2条が懸かり、左岸ルンゼから巻くがここも悪い。ナメ状の小滝を越えると間もなく御鏡沢出合に着いた。基本計画ではここで二泊目だったが、まだ10時前だし雨が気になるので、当然先へ行くことにする。

 

奥に懸るのが20M3段の滝

3m、3m、8mと越えるとナメとなり快調に進むが、釜を持った15mで足が止まる。しばらくルートを物色した後、結局左のガバの多い垂壁を空身で登って、錆びた残置ハーケンで自己確保をとって荷揚げをし、さらにそのままブッシュ帯まで登った後に草付バンドを伝って滝上に降り立った。5mの簡単な滝を越えると息つく間もなく20m3段の滝が落ちている。位置からすると地形図の滝マークに相当する滝のようだ。左岸の幾分窪んだ斜面から高巻くが、ここも簡単に通過させてはくれなかった。その後開けた河原状になり、本流と上追流沢がともに12m滝で出合っている。

上追流沢出合~二つの滝の中間を登る

出合の12m滝は上追流沢の12mを登って両沢の中間をトラバースして難なく越える。6mくらいまでの滝をいくつか問題なく通過し、12m滝の左壁を登って越えると河原状になる。正面にルンゼを見ると、流れは左壁のスラブに10m滝を懸けている。左壁のスラブを登るとすぐに8m滝が懸かり、右岸の草付リッジから高巻く。さらに息つく間もなく12m滝を左岸から高巻くが、ブッシュ帯から露岩混じりの草付を慎重に足場を確認しながら落口へ下降する。緊張の後はしばしリラックスというわけでもないが、ナメが続いて落ち着かせてくれる。5m滝を越えると豊実沢が右岸から出合い、本流両岸にスノーブロックが残り、沢筋は緩やかに左へとカーブを描く。

10M-12Mと大きな滝が続く

ここまで来ると水量も並の沢程度になってきたので、幕場を探しながら遡行するが、まだまだ楽な行程ではない。河原が続いた後に、4m、5mを越えて、続く10m、12mはまとめて左岸を巻く。沢に降りたのも束の間、次の10mも左岸を巻いて、さらに6mを越えると河原となって、左岸から枝沢が入る。8mナメ滝を過ぎ、両岸から枝沢が入るところに懸かる15mを右岸枝沢から巻くと、谷が左に曲がりながら連瀑を懸けているあたりで、左岸に小さな平坦地を見つけて幕場とした。意外にも薪が多く満足な焚き火ができた。この日も雨は降らず、幸いにも天気予報は良い方にはずれてくれて助かった。

 

19日:

台地状の快適な幕場

この日も多少雨は気になっていたが、前日は考えていた以上に上流まで足を伸ばせたためプレッシャーはあまりなかった。前日早目にシュラフに包まったおかげで目覚めも早く、7時過ぎには幕場を後にした。

15M滝右岸の草付リッジを登る

出発早々に滝が続くが、特に問題になるようなところはなくぐんぐん高度を上げていく。本来ならば快適に・・・といったところだが、前日の強行のツケで足取りは今ひとつである。正面に水のないルンゼを見ると流れは左壁のスラブにトイ状の滝を刻んでいる。少し正面ルンゼに入ったところから滝の右岸の草付リッジを登って高巻き、続く3mの左壁を登った後、次の6mは再び右岸に上がって高巻く。ここまでくると高巻きも極端に悪いところはなくなってくる。標高1570mで(1:2)で右岸に枝沢を分けると、しばしナメが続いて5m、10mと滝が続く。10m滝は右壁を登るが上部のホールドが甘く、空身で登って荷揚げして後続を確保する。荷揚げと確保の間、幕場から纏わり付いていた蚋が煩い。

標高1570mの二俣を右へ進む

小滝をいくつか越えて行くと標高1767mの二俣で、(3:1)の水量比で左が勝るが三国小屋へ向う予定なので右俣へ歩を進める。さすがに水流も細くなってきて、ボサが少ない窪を選んでトラバースしながら稜線を目指すと、ほとんど藪漕ぎなしにコケモモやガンコウランが実る草原帯を経て、登山道の一ノ王子水場分岐点に詰め上げた。

一ノ王子の水場分岐点に詰め上った

時間には余裕があるので下山しようと思えば可能だったが、翌日休暇をとってきているのに早く下山してはもったいないので、三国小屋に泊まることにした。のんびりと縦走路を辿りつつ、切合小屋前で昼食を摂って三国小屋へ向うが、この頃から雨が降り始めた。三国小屋に着くと、当てにしていた付近の水場が枯れており、切合小屋で水汲みしてくればよかったと後悔する破目になった。それでも雨水を分けてもらうことができて、水無の難からは逃れることができた。稜線上の水場を当てにするときは、小屋で情報を得るべきであると反省。

20日:
雨は昨日の午後からずっと降り続いている。6時過ぎに三国小屋を発ち、剣ヶ峰の岩稜だけ滑らないように慎重に通過して御沢まで2時間、さらに25分で川入へ下山した。川入の路線バスは8月をもって廃止されたので、このまま「いいでのゆ」まで歩く。バスは廃止されても林道川入線は整備が続けられており、工事車両が行き交う。林道川入線がしょぼい県道と合流すると、その県道はトラックも往生するほどの細い道である。整備の順序を間違えているのではないだろうかとも思える。県道に出てひと歩きすると、ようやく「いいでのゆ」が見えてくる。ここで汗を流して、タクシーを呼んで喜多方へやってもらった。
ここぞという目玉的な核心こそないものの、長い核心部ではいやらしい高巻きを何度となく強いられ、豊富な水量に逆らって水線を突破しなければならない厳しさがあった。何という充実感、飯豊の沢は私の期待を裏切らなかった。

 

遡行図

山行最終日:2011年9月20日
メンバー:長島(L) 井谷
山域: 飯豊連峰 阿賀野川
山行形態: 沢登り
コースタイム:
17日:林道(通行止)(7:30)-五十嵐家住宅付近(8:35)-登山道入口(10:30)-オンベ沢出合下流(11:25)-松ノ木穴沢出合(12:10)-下追流沢出合(14:50)
18日:下追流沢出合(6:20)-御鏡沢出合(9:45)-上追流沢出合(12:10)-標高1420m付近(16:10)
19日:標高1420m付近(7:10)-標高1570m二俣(7:55)-登山道(一ノ王子水場分岐)(10:15)-切合小屋(11:35)-三国小屋(13:50)
20日:三国小屋(6:10)-御沢(8:10)-川入(8:35)-いいでのゆ(10:00)
地形図:飯豊山・大日岳・川入
報告者:長島